香港・マカオの旅

                                                                                               2024.2.22-26

    コロナの感染拡大が下火となり感染症5類に移行したことから長男の嫁が久しぶりの里帰りを計画、家族を伴って香港に帰るということで我々夫婦も便乗させてもらって香港へ行ってきました。


   香港マカオへは息子の結婚式以来17、8年ぶりでした

出発は成田空港第2ターミナル
今回はHISで飛行機とホテルセットのパックツアーを予約してのパックツアー、JALとキャセイ航空のコード

シェア便で機体はキャセイのA350-900だった
途中太平洋上を飛行中、気圧の関係でかなり揺れましたが無事香港空港に到着

かって中国返還前に行ったときは啓徳空港(カウンタック)でしたが

前回息子の結婚式の時には現在の空港がオープンしていました
空港からはエアポートエキスプレスと4人乗れば料金があまり変わらないのでタクシーで

香港島コーズウェイベイにあるホテルまで行くことにしました 

途中高速道路から見る林立する高層マンション群
コーズウェイ・ベイの街中右の建物は宿泊したホテル
宿泊したホテル右側  パークレーン香港ア・プルマン
ホテルの前面にビクトリアパーク 公園では子連れの人達が楽しんでいました
早い夕食  嫁が上海料理店 {上海2号}というお店を予約してくれていました
まずは 咽喉を潤して
この焼豚は絶品でした
夕食後 孫2人がビクトリアピークに登ったことがないというのでピーク・トラム乗るべく向かいました
ピーク・トラムは観光客でごった返していました
ビクトリアピーク展望台からの夜景
何度見ても百万ドルの夜景です
対岸は九龍半島側 チムサアチョイ
手前は高層マンション街 どの部屋も1億円では買えないそうですよ
2日目は元ポルトガルが租借していたマカオに行きました

マカオへは香港島上環というところからフェリーに乗ります 

 九龍半島からも国際空港からもアクセスしてます
高速のジェットホイルで50分ほどの船旅です
まもなくマカオです
フェリーターミナルから無料のバスがショッピングモールやカジノがあるホテルまで乗せてくれます
巨大で豪華なホテルが建ち並んでます エッフェル塔までありました
ラスベガスを想起させます 尤もラスベガスへは一度昔に行ったきりですが

ここは20年近く前に来た時よりはるかにホテルが増えていましたよ
ヨーロッパの街並みを再現させたホテルのようです
立派なホテルです ホテルの低層階にはブランドショップが多く入居していました
ホテル街からマカオの旧繁華街へ移動
裏道に入ると壁にタイルを張ったポルトガル風の古い家並みが残っています
かつて日本もこの地区に進出していたようです
タイパ・ビリッジの街中の風景
タイパビリッジにはポルトガル式の建物や中国の廟などが混在している
官也街は食べ歩きで有名
観音堂 中国のお線香が吊るてあります
タイパ・ハウスに向かう石段
タイパ・ハウスは、マカオで人気の観光名所8カ所のひとつとして知られ、タイパでポルトガル建築の優雅な

雰囲気を伝えています。海邉馬路沿いに建つ5棟のペパーミント・グリーンのポルトガル建築は隣のカルモ

聖母教会と並んで、絵に描いたような景色を作り出します
菩提樹
カルモ聖母教会 
同行者が歩いてます
右側の緑の建物がかつてポルトガルの高級官僚が暮らしていた建物です

1921年に建てられた5棟の家屋には、かつてポルトガルの高級官僚やマカエンセたちが暮らしていました

1992年にその建築的価値が認められ、政府は5棟全てを博物館に改装、

1999年に「タイパ・ハウス・ミュージアム」として一般に公開しました
タイパ・ハウス前面に湿地があります
季節には蓮の花が咲くようです
タイパ・ハウスから官也街に戻る石段にペイントされた偽建築物を撮影する同行者
官也街の街並み
官也街の入口
官也街は人でごった返してました
折角なのでカジノで少しだけ遊びました 息子かほんの少し儲けてました
グラン・ドリスボア・カジノ

マカオ・カジノの象徴であったリスボアが、盟主の座を賭けて建てた絢爛豪華なカジノ
マカオ半島のセナド広場

マカオを代表する広場で、祝典や催事の会場にも使われる


美しく波を打つモザイクの石段は、1993年にポルトガルの敷石職人によるものということです
聖ポール天主堂跡

かつて 「ローマ以東で最も美しいい教会」と謳われた聖母教会の跡

1602~40年に建てられたが、1835年の火災で焼失
現在はファサードのみが残る マカオのシンボル
夕食はこのポルトガルスタイルの建物(嫁曰く世界遺産?)内にあるポルトガル料理(中華風?)

を食しました 結構おいしかった
旧正月の名残でしょうか 龍の飾りがまだ残ってました
こんな感じ
レストラン
レストランの名前 この建物が1601年に建てられたのでしょうか?
翌朝散歩でコーズウェイの松中を散歩

同行者はまだ眠りの中でした
したがって街中にはあまり人がいません
香港島からMTRという地下鉄に乗って対岸九龍半島にあるレストランでブランチに飲茶を頂きました

この日は嘗て息子の結婚式の折に通訳としてお世話になった香港の方と一緒でした

(この方は偶然にも小生が勤務した会社の現地職員で活躍してます)

飲茶とあって残念ですが酒を飲ましてもらえませんでした
ブランチの後はチムサアチョイ周辺を散歩
1881ヘリテイジ

1996年まで使われていた香港水上警察が2009年にショッピングモールとしてリニューアル

かつての時計塔や馬小屋など当時の建物が残る
機関砲も残されている
この後一人で香港故宮文化博物館へ行ってみた
香港故宮文化博物館  

香港故宮文化博物館は、故宮博物院が所蔵する914点の精巧で貴重な美術品を借り受けており、中国本土以外への貸し出し数としては過去最大です

その大半は香港で初めて公開されるもので、そのうち166点は「国宝」に指定されています
二階建てのトラムに乗りました  眺めは良いです
セントラル(中環)を散策

この後この日の夕食を食べるラマ島へ渡る船着き場へ行くまでの時間つぶし
かつての刑務所が観光施設として公開されていました
なんでも観光に結びつけてます
増築を重ねて何棟も建っています
監獄の中
囚人服でしょうか
香港は食の町 あんまりこれと言って見るものはありません
高いところから見る夜景は良いですけど
こんなにたくさんの牢獄があったんです 悪い奴が多かったのかな
ラマ島に行く船の船着き場前の遊園地
この日は日曜日とあって多くの子供ずれが来ていました
船着き場には日曜日だけ休みが取れる出稼ぎの東南アジアの女性たちが仲間と集い楽しんでます

この光景は昔も今も変わりません


港の桟橋
この港は九龍半島チムサアチョイから香港島にわたるフェリーの乗り場桟橋もありますから結構な

沢山の人達が集まってきます
香港では共稼ぎが一般的で中流以上の家庭はお手伝いさんを雇用してます

その多くが東南アジアからきている出稼ぎの人達で休日は家庭の両親が家にいるために

お手伝いさんは家から追い出されるそうでこうした人たちが仲間と集まって

つかの間のひと時を過ごしているらしいです
皆さん楽しそうに踊りに興じておりました

フィリピンの女性たちでしょうか?

そうして船を待っているとレストラン専属の船が迎えに来てくれました

食事代込みです
そろそろ日が落ちる時間でした
目下香港で一番高いビルだそうです  観光用のジャンク船と
日が西に傾きだしてきました
高層ビルが立ち並ぶ香港島
平地の少ない香港に700万人以上が暮らしていて高層住宅が至る所に建設されています
このマンション群の各戸の価格は最低でも億を越えるそうです
不動産価格は昔から香港は日本の比ではありません
ラマ島の食堂街の船着き場に到着です
ここは観光名所になっていますがやはりコロナの影響を受けていて

まだ本格的にはもとに戻っていい内容です
ラマ島に到着  孫二人
香港島に戻る時のラマ島桟橋から
時間はさかのぼりますが飲食街
夕食に頂いた肴の煮つけほか 手前の料理は忘れました

好きな海鮮を選べば調理してくれますよ
酔っぱらって化けてます





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