海外旅行

三蔵法師が唐天竺へと旅した道、孫語空の舞台である

兵馬俑

南門 門の右手奥に全日空ホテル

西の城門 明代に唐代のものを基礎に作られたもの、西域に向かう門。長安(西安)の街の四方を囲む城壁の東西南北に門があった。

民族舞踊
鳴沙山
故城

漢の時代の西域の屯田部隊が配置されその後、高昌国の都となる高昌故城をはじめとして、古代の都の跡が残る。

交河故城
中国 シルクロードの旅

慈恩寺境内に建つ高さ63メートルの塔。三蔵法師ゆかりのお寺で知られる。

西安
月牙泉
敦煌
シルクロードの旅

唐代では長安と呼ばれた日本人にはなじみの都。現代では人口500万人を超える大都会である。秦の始皇帝陵や兵馬庸では2000年前の奇跡を体感できる。阿部仲麻呂、弘法大師、伝教大師など1300年前にこの地で学んだ日本人がしのばれる歴史遺跡を持つ大都会。

玉門関   

莫高窟の壁画や彫刻でよく知られているオアシス都市敦煌、町の南には鳴沙山がありその中には月牙泉という泉がわいている。今回は莫高窟の写真がありませんカメラの故障で撮影不能に陥りました。

高昌故城

おなじみの孫悟空に登場する火焔山から岩と砂の山道を行くムルトゥク河の断崖に千仏洞が現れる。仏教遺跡である。
西暦5世紀頃から掘り始められ、9〜13世紀にウイグル高昌国の時代に栄えた。
イスラム教が伝わり破壊を受け現存する窟は83窟、しかし20世紀初頭ドイツ、イギリス、日本により窟内の仏教絵画が持ち去られた。

トルファン駅前の露天商


漢時代の万里の長城(2000年前)

西域へ延びる鉄道の駅 トルファン

ベゼクリク千仏洞から火焔山方面を望む 砂漠を行く駱駝が観光客を御もてなししてくれる。

中国は二度目の旅行でしたが、一回目は北京、大連、上海と都会でありまた平成5年のことで中国の変化がとても早くてかつ今回は西域ということでまるで違う中国を体験できました。

広大な中国を最初に統一した皇帝の計り知れないスケールは、この兵馬傭を一見すれば自ずと判ります。

碑林 歴代書家の名碑を集めた石碑を所蔵する寺。
王義之,願真卿など著名な書家の石碑が立並ぶ。

科挙の試験が行われた建物

ベゼクリク千仏洞

大雁塔

敦煌の西北80キロゴビ砂漠を走ると玉門関がある、かつて産出された玉(宝石)がこの地を通って中原に運ばれたことから名付けられた。関所跡であるここの南には漢詩でおなじみ陽関がある。

トルファンは砂漠の中のオアシス都市、古くは火州と呼ばれ漢代は高昌郡が置かれ、後に高昌国が栄えたが10世紀のウイグル族の侵入で廃墟と化した。天山山脈の雪解け水を暗渠を通して利用している。

北京 上海 香港

1991年の6月 会社の研修で北京、大連、上海、香港へ行きました、随分前になりますので、今の中国と比べると様変わりだと思います。

炎天下、持参したスイカを天然塩で食す、スイカの温度は60度を超えていたかな?

  紫禁城 北京

 紫禁城 城門の天然石
 紫禁城 城門
 天安門広場
紫禁城の屋根の彫刻
石の彫刻 階段の中央に掘り込まれています。
故宮博物院 戦前のものは大半が台湾の
故宮博物館へ持ち出されました。
人民大会堂
北京飯店 
朝の通勤風景(北京)
北京市内でこの頃こんな風景もありました。
万里の長城 北京郊外 八達嶺
明の時代に築城された長城

今八達嶺は中国人民の観光名所国内トップクラスだそうです。
長城はどこまでも続く。
長城の要所要所には防人たちが外敵に備える
居所があります。その監視窓から長城を眺めました。
大連駅
 戦前日本がシベリアへの出発点として満州鉄道を施設下のだと思います。
よく見ると上野駅に似ていませんか?
大連駅前 午前6時前の光景です。
大連港 
大連港 フェリー乗り場
大連午前7時前出勤風景。
上海 上海タワーを望む。
上海灘(シャンハイバンド)
この当時中国では希少のケンタッキーフライドチキン
カッパを身につけ通勤です。
   強制収用前の公営住宅。
上海にはすでにマクドナルドが出店していました。
当時から上海市内は建設ラッシュでした。
足場は竹です。
上海バンド 観光客が大勢いました。
バンド
上海から香港に到着 今は廃止された啓徳空港
香港島の夜景 九龍側から
この写真は中国へ返還される直前の旧正月に再訪した折のものです。
ビクトリアピークからの夜景 さすが百万ドル
数百年かけて岩を削り築き上げられた
歴史の重みを感じざる得ない。

写真は塩の湖アイディン湖 果てしない干えあがった湖は塩の塊です、湖面は中国でもっとも海抜の低い海抜マイナス154メートルです。

表面に積もった砂をよけて塩をペットボトルに